社内インタビュー

社内の声を聞く

VOICE

現場のスタッフの声

「大企業との仕事とは違うやりがいがある」

デザインのぼりショップ事業部 部長 / 店長
井口茂樹さん(38)

もとの職場では広告デザイナーとして皆が知っているような第一線の仕事に関わっていました。業界全体に言えるのですが、徹夜などもあり体力的にはキツかったのですがクリエイターとしてのやりがいや喜びが大きな職場でした。

そんな私が転職した理由は2008年夏のリーマンショックの影響で当時いた会社が倒産の危機に陥ったことで景気に大きく左右される広告デザイナーとしての働き方に不安を感じたことがあげられます。
ちょうどそのタイミングで転職のお誘いがあり株式会社トランプスへ入社しました。同じデザイン会社なので仕事内容はあまり変わりませんでしたが、デザインのぼり事業部が出来てからはどんどん様子が変わってきました。

前職との違いは主に3点あります。ひとつ目は小規模事業者のお客さんが圧倒的に増えたこと。2つ目は自分で決められることが多くなったこと。以前はクライアントの気分で急な変更があり「何でいまさら?」とつい愚痴ってしまうこともよくありました。今はほぼ決裁権のある人の仕事しか受けないので気持ち的にスッキリしてます。3つ目はお客さまから感謝される回数が劇的に増えたことです。多くの感謝の声はやはり励みになります。さらにこちらのペースで仕事を進められるようになり、徹夜が全くなったことも付け加えておきます。

今後、お客さまの長期的安定成長とチカラあるデザイナーを育成するためにも最新のマーケティングの勉強を始めとした全方位の実力を磨いて「何があっても活路を開く」とのモットーを胸に、今までののぼり旗のイメージを変えていきたいと思います。
実業家の稲盛和夫氏は「新たなビジネスに飛びつくよりも昔からある事業を進化させ成功させる方が価値が高い」という趣旨の発言をされています。ぜひ昔から多くの人に親しまれているのぼり旗で新たな価値をつくりたいと思います。また私たちは“リアル『下町ロケット』(池井戸潤原作)のような会社”だと言えばイメージしやすいでしょうか。ぜひあなたと一緒に意味のある仕事をしたいと思っています。

「自分の生活に合った働き方ができる」

IT・データ管理部 部長
山本剛さん(24)

現在、デザインのぼりショップ事業部でデータの管理やwebの修正などを行っています。もともと私は学生アルバイトとして、デザインのぼりショップに携わってきました。

社員としてはまだ働き始めたばかりの私ですが、顧客データ管理、WEBページの改善や修正、社内プログラムの作成などデザインのぼりショップにとって重要な仕事を担わせていただいています。そのほかにもフルフィルメント部門のアシスタントやマーケティング会議への参加などフレキシブルに行動し積極的に社員同士のコミュニケーションもとっています。そうすることによってプログラムの無駄な作業をなくすアイディア出しや他人の目線での使いやすさを向上することでより価値の高い仕事を実現させています。

さらに入社を希望される方にお伝えしたいのは、この会社が社員とアルバイト、部署と部署の垣根が低くコミュニケーションがしやすいことです。どんなに凄い人揃っていてもスタンドプレーだけでは仕事ははかどりません。しかしコミュニケーションがしっかりと取れることで仕事をよりスムーズに進めていくことができます。

また、あまり残業がないので日々のプライベートな時間も確保しやすい会社だということもいい所だと思います。1日の仕事が終わった後で気軽に話せる仲間たちと過ごすこと、自分の趣味を行うこと、将来のために学ぶこともできます。やりがいのある仕事も有意義なプライベートもどちらも大切にしたい、そういった人であればきっとメリハリのある毎日が過ごせると思います。ぜひあなたも一緒にデザインのぼりショップを大きくしていきませんか。

VOICE

過去の学生アルバイトの声

過去に一緒に働いてくれた学生さんからいただいた文章もご紹介します。

学習院大学 文学部 (当時)
田尻由加子さん

これまでの長い間、アルバイトを続けさせて頂き、ありがとうございました。アルバイトを始めてすぐの頃はパソコンを使った業務に慣れていなかったので、沢山質問をしたり、仕事をするのに時間がかかってしまったりしましたが、根気強く教えて頂いたお陰で、一つずつ着実に業務を覚えていくことが出来ました。基本的な業務を覚えてからも、新しいキャンペーンが始まったり、新しく機械やソフトを導入したりするときに、業務について行けるか心配でしたが、アルバイトの私に対しても細かな連絡を欠かさずにして頂いたので、無理なくこれまで続ける事が出来ました。

 また、コミュニケーションがとりやすいように気を配って頂いたお陰で、業務に意欲的に取り組もうと思い続ける事が出来ました。これまでの長い間、出来る限り主体的に業務に取り組もうと思う事が出来たのは、私の些細な意見を尊重して下さり、私が担当する業務について私の意見を反映して下さったからだと思います。

神奈川大学 人間科学部(当時)
金井環さん

先日はすてきなお花とボールペンを頂き本当にありがとうございました。給与明細も確認いたしました。デザイン会社という全く未知な環境でのアルバイトはとても新鮮で貴重な体験でした。HPの文章や、カフェ・喫茶ショーなどについての話あいにも参加させて頂き、すごく濃いアルバイト生活になったと感じています。

また、気が利かず、会社のみなさまにはご迷惑ばかりかけてしまいましたが、いつも親切に、きさくに接して頂いて本当に感謝しております。 微力ながらデザインのぼりショップの企業活動に関われたことを大変うれしく思っています。新しい方が加わり、ますますご発展されることを願っております。

8ヶ月間、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。

代表へのインタビュー

あなたは仕事を通じて
どうなりたいですか

本日は仕事を真剣に探している人に向けて、代表の自己紹介を含めて何か参考になるメッセージをお聞かせいただけますか。

若輩者の話が参考になるかどうかはわかりませんが「こういう考え方もあるんだな」程度に受け止めてもらえればと思います。

社長は40代半ばなので決して若くはないですよ(笑)

そ、そうですね(笑)
気を取り直して…私が18才でグラフィックデザイナーを志して新潟から上京したのは1988年のことでした。

右も左も地下鉄の乗り換えもわからないまま、肉体労働のバイトでお金を稼ぎながらの浪人生活を経て、運よく多摩美術大学のグラフィックデザイン科に合格できました。

もともとは「かっこいいデザインをして、かっこいい男になりたい」みたいな漠然とした将来に期待するイメージと、何か価値ある仕事をしたいという「志(こころざし)」みたいなものが渾然一体となって興味のあることを片っ端からやってました。

大学を卒業して運よく、高倍率を突破して雑誌や書籍のデザインでは、かなり名の通った会社に拾ってもらいました。後日、その会社の社長に「君は学科も実技もボロボロだったんだよ」と言われた時は本当に自分は、運だけだなと思いました(笑)

いえいえ、運も実力のうちといいますから…(笑)

ははは。フォローをありがとうございます(笑)

まあその時にちょうど実家の建築鈑金の工場がピンチでなぜか「親を助けられないで一流のデザイナーになんかなれるか!」という心の声が大きくなって新潟の灼熱の屋根の上で建築鈑金の仕事して就職活動に東京に行ってまたすぐ新幹線で帰るみたいな、すさまじい就職活動をしていたんである意味、鬼気迫るものが伝わったのかもしれませんね。

だから、全国のグラフィックデザイナーの中では溶接が相当うまい(笑)

はぁっ?何の自慢ですか?

入社してからはマガジンハウス、日経BP社、電通総研、旧建設省などなど硬軟織り交ぜた仕事を担当することができ、とてもいい経験をさせていただきました。せっかく苦労して入った会社なのでがんばりました。その会社での最後の年はだいたい、ひとの3倍は仕事をしていたと思います。そのときは上司も信頼してくれていてやり直しとかがほとんどなかったから量をこなせたというのもありますが…。

3倍ですか…つらくありませんでしたか(笑)

ぜんぜん。むしろこの会社から全部、吸収してやると肚が決まってからは楽しくて仕方がありませんでした。給料はビックリするほど少なかったけど…。今考えると入社希望者がひっきりなしに来る会社でしたから給与を上げる理由がない(笑)
拾ってもらった会社に文句を言うのはかっこ悪い、文句を言うなら自分でやろうと思って入社から5年経ったときに独立することになります。
当時30才ーー。結婚後、約2ヶ月で退職。とはいえ円満退社だったので、辞めた会社からもお仕事をいただきました。独立から約3ヶ月後に知人の紹介で、生意気ざかりの30才が日本最大級の発行部数を誇るクライアントのお仕事をさせていただくことになりました。

今もつづくその仕事と読者のみなさまに感謝の念は尽きません。その当時から意識していたことはただひとつ『すべてにおいてクライアントの期待をちょっとでも上回ること』

人に恵まれ、仕事にも恵まれ独立から10年間は順調に売上が伸びつづけていきました。正直なところ経済的にはかなり恵まれていた方だと思います。(2016年時点では前年比15期連続平均130%の売上を達成)

順風満帆だったんですね。毎年3割づつ売上があがるなんて相当、すごいですね。しかもほとんど利益ですよね。

そうですね。フリーだったんで人件費もかからないですし。仕入もいらない。しかも月の半分以上は休んでました。それでも売上が上がっていくので2006年の7月には法人化をしました。それ以降も毎年、前年比で30%づつ売上が上がっていきました。

社員を入れずにそのままでよかったんじゃないですか。

そうだったかも知れませんね。
でもまた心の声が…(笑)「本当にこのままで幸せなのか?」と…。

そしてなぜか仕事で困っている人がちょいちょい私の前に現れる…。

「今いる会社がリーマンショックで潰れそうだ」とか「突然クビになった」とか「デザイン料が下がりすぎて、もうデザイナーを廃業することにした」とか年賀状に「いろいろあって仕事を辞めました」とかさらに「子どもがいるので再就職ができない」とか「震災で上京して職を探している」とか…。

結局、入れ替わり立ち代わりで相談されたほぼ全員を雇いました。正直、実力を発揮できなくて辞めてもらった人もいますが、そういった人たちをなんとかできないかなという思いもあって新しい事業部をいつの間にか作っていました。

そして時を同じくして“最大の社会貢献は雇用をつくること”なんじゃないかと考えるようになり、自分のなかでは社会的弱者、特に障がい者雇用をつくりたいという思いが湧いてきました。

その新規事業の条件として

1.デザインのチカラで雇用を生み出せるもの
2.時代を超えて必要とされるもの
3.主に小規模事業者にメリットをもたらすもの

という3つを満たすものとしてのぼり旗制作事業をすることに決めました。
そして2011年にその準備のために意図的に赤字に転落させ会社の方向性を変えるべく、大きく舵を切ったのです。

なるほど、それは随分と思い切りましたね。順風満帆だった財務状況も一変したんですね。

そうですね。それまでは税理士さんにも「これほど決算書が優秀な会社は私のお客さんの中では他にいませんよ」と褒められていた矢先ですからね。それが人件費の増加によるいきなり1,000万ほどの赤字。しかも2011年の震災の1年後に行った“被災地限定のぼり旗1,000本無料提供運動”の影響もあり赤字は結果的に3期連続となりました。
もちろん経営者としての力不足が原因だったと思うのですが覚悟の上の決断なので後悔はしていません。むしろ貴重な経験をしたと思っています。スタッフ全員の頑張りのおかげで2014年から黒字化に成功して今に至ります。

失礼を承知でいいますが、通常、腕のいいデザイナーは「のぼり旗」を作りたいとは思わないんじゃないでしょうか。

そうですね。確かに腕のいいデザイナーはのぼり旗を好んで作ろうとはしていません。
現在、のぼり旗の事業者は数多くあるでしょうがデザインに特化した事業者は、まだほとんど見当たらないと思います。 逆に優秀な人材が集まりにくいことが参入障壁となって私たちの優位性が守られているともいえます。

とうとつですが社長にとって仕事とは何ですか。
また株式会社トランプスを就職先として検討している人に対してどんなことを伝えたいですか?

そうですね。あまりスマートな言い方ではないですが私は昔から、「好き」で「稼げて」、「社会のためになる」仕事を追い求めてきました。それでこそ長く続けられると思っています。
「社会貢献」とか「人のために」とか、言葉はキレイだし正しいことなんですが、私ごときが口にするのは正直、違和感もあります。そして自己犠牲のもとに成立する社会貢献には限界があるような気がしています。

とはいえ、そこで立ち止まれば、結局「何もできない」だから現実は変わらない…。理想を求めない仕事に何の意味があるのかわかりません。偽善だといわれても結構です。現状への不満を愚痴っているより一歩でも前に進んだ方がよっぽどマシです。ある意味「どうせ死ぬんだからやりたいようにやらせてもらおう」と思っています。感情と理性が一体化するような価値ある仕事をしたいと思っています。

と、同時に私たちは一刻も早くライバル業者がひしめく一段上のステージに上がりたいと思っています。まだまだ弱すぎる。もっともっと成長したいと考えています。 今後の社の中核を担える力がある人とともに成長したいと強く願っています。しかし業界を見渡しても私たちはまだ、あまりにもチカラがない…。 今後、スタッフの報酬もどんどんあげていきたいですし。まずはもっと稼がなければ(笑)

結局、もっと稼ぎたいということですね(笑)

そのまとめ方はちょっと雑だと思いますけど…。

ともあれ、このページを読んでるあなたにとっても現実社会は理想を簡単につかめるほど甘くないと思うし最初から理想の場所で働けるひとはごくひと握りだと思います。

今は石を投げればブラック企業にあたると言っても過言ではないでしょう。
ただ、今いる場所で弱音を吐かずに一生懸命にやっていればかならず、その場を理想の場所にできると思います。何かが変わると思います。
(ただし理不尽なパワハラや精神を病むほどの悪い職場環境なら逃げていいと思います)

基本的には主体性があればあらゆる環境を変えられると思っています。
もし給与が低いなら上司に「このくらい給料あげて欲しいんですけど(指で数字をつくる)、そのために私はいつまでにどうしたらいいですか?」と聞けるくらいに人間関係をつくればいいと思いますよ。
そしてその提示されたハードルを超えればいい。そして「あの〜前にお話した目標を達成したんですけど、給料上げてもらえませんか」ってね。

そんなにうまくいきますかねぇ。

さあどうでしょう(笑)
ただ私は、自分の仕事にだいぶ自信がついて来た頃に上司にこんな風に言いました。
「プライベートの時間と給料のどちらかをもらえませんか?」って…。上司の答えはニコニコしながら「どっちもダメ〜」でした。その答えは私にとってとてもラッキーでした。なぜなら「だったら自分でやるしかないな」と独立を決意できたからです。冒頭でも触れましたがそこから約1年間、他者の3倍は働きました。
さらに会社の本棚にあるDTPの本を読みあさり勉強にもチカラを入れました。すべてが主体的に変わりました。ふりかえるととても楽しかったです。結果的にその上司は頑張りを認めてくれたのでしょう、私の独立後に仕事を回してくれたり本当に良くしてくれました。後に執行役員になったその上司とは今でもたまに飲みに行く間柄です。

でもその上司もビックリしたでしょうね。労働時間も減らさない、給料も上げないと宣言したとたんに部下が急にイキイキと働き出したんですから。

なんか心外だなぁ。その前からちゃんと働いてましたけど…。
より気合いが入ったというだけで…。(ハンカチで汗をふいている)

うん、でもまあ普通は腐ってもおかしくない状況ですよね。そういう時に実はチャンスがあるんだと思うんですよね。腐ってもおかしくない状況にどうするかでその人の真価がわかる。イザというときにどうするかに尽きると思います。

大事なことは仮にものごとが自分の思いどうりにならなくても、自分のやれることを見つけ堂々とやり続けることのチカラを知ってほしいのです。そしてどんな結果が出ても、そこから自分の可能性を開いていけるということ…。極論を言えば「人生に取り返しのつかないことなどない」ということ。あるとすれば何もしなかったと後悔することでしょうか。

もしご縁があれば、まだお会いしていないあなたとともにより多くの人に感謝される価値のある仕事をしたいと願っています。

自分の実力を試したい、可能性を追求したい…。そして「仕事を通じてなりたい自分がある」
そんなあなたのエントリーを心からお待ちしています。